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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)6921号 判決

甲事件原告・乙事件被告

東京信用金庫

右代表者代表理事

吉橋鐸美

右訴訟代理人弁護士

丸物彰

吉田曉充

甲事件被告・乙事件原告

淺野文彰

右訴訟代理人弁護士

梶原正雄

江口英彦

石塚文彦

右訴訟復代理人弁護士

梶原洋雄

主文

一  甲事件被告は、甲事件原告に対し、金二億九二〇八万六六四八円及びこれに対する昭和五七年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  甲事件原告のその余の請求及び乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲乙両事件を通じてこれを一〇分し、その一を甲事件被告(乙事件原告)の負担とし、その余を甲事件原告(乙事件被告)の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 甲事件被告は、甲事件原告に対し、金一八億〇四〇八万〇一七二円及びこれに対する昭和五七年六月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。

3 1につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の答弁

(一) 本件訴えを却下する。

(二) 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

2 本案の答弁

(一) 甲事件原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 乙事件原告が乙事件被告の理事及び総代の地位にあることを確認する。

2 乙事件被告は、乙事件原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年六月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は乙事件被告の負担とする。

4 2につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求原因

1 甲事件被告(乙事件原告。以下「被告」という。)は、昭和三九年九月から同五二年一二月までは甲事件原告(乙事件被告。以下「原告」という。)理事長、同五三年一月から同五六年五月までは原告会長として、その間、原告の代表理事の地位にあつた。

2 (乗蓮寺跡地の取得)

(一)(1) 東京建設資材株式会社(以下「東京建設資材」という。)は、昭和四八年一一月二九日、宗教法人乗蓮寺(以下「乗蓮寺」という。)から、乗蓮寺所有にかかる次の土地(以下「乗蓮寺跡地」という。)を一括して代金合計金一一億六九九四万六〇〇〇円で買い受ける旨の契約を締結した。

(ア) 東京都板橋区仲宿六一番二

宅地 九六・四六平方メートル

(イ) 同所六二番三

境内地 一四九八平方メートル

(後に、同所六二番三宅地九四五・六五平方メートル、同所六二番一一宅地五五二・三四平方メートルに分筆)

(ウ) 同所六二番一

墳墓地 一四〇二平方メートル

(エ) 同所六一番一

墳墓地 五六八平方メートル

(オ) 同所四二番

寺院境内地 二二七・一四平方メートル

(2) 東京建設資材は、同四九年六月二八日、三井建設株式会社(以下「三井建設」という。)に対し、右売買契約上の買主の地位を譲り渡すとともに、三井建設との間で、将来、同社から、乗蓮寺跡地及び同社が同日乗蓮寺から買い受けた東京都板橋区仲宿六五番五宅地二七・九七平方メートルの土地(以下「六五番五の土地」という。)を買い戻すことを約した。

(3) 被告は、同日、原告の代表理事として、三井建設に対し、原告が東京建設資材の三井建設に対する乗蓮寺跡地の右買戻義務について連帯保証することを約した(以下「本件連帯保証契約」という。)。

(4) 東京建設資材は、同五三年三月三一日、三井建設の請求により、同社から、乗蓮寺跡地及び六五番五の土地を代金合計金一八億六五〇〇万円で買い戻すことになり、右の各土地のうち、乗蓮寺跡地の一部(2(一)(1)(イ)のうち分筆後の六二番一一と同(ウ)の土地)及び六五番五の土地を買い戻したが、残余の土地(以下「本件土地」という。)については、原告が、本件連帯保証契約に基づき、三井建設等に対し、同年九月三〇日までに代金等合計金一一億四一七五万四六七〇円を支払つてその所有権を取得することを余儀なくされた。

(5) 原告は、同五六年八月二〇日、株式会社熊谷組に対し、本件土地のうち2(一)(1)(オ)を除いた土地を代金八億七八一四万六五〇〇円で売り渡し、これにより、右代金額から手数料等を控除した金八億四九六六万八〇二二円を取得した。

(二) 原告は、被告の本件連帯保証契約締結により、次のとおり少なくとも合計金五億九二〇八万六六四八円の損害を被つた。

(1) 本件土地のうち2(一)(1)(オ)の土地は、乗蓮寺の参道であつたところで公道的な性格のものであり、原告は、同土地を使用することも他に売却することもできないのであるから、結局、同土地の簿価である金二億九二〇八万六六四八円(2(一)(4)記載の本件土地の取得に要した金一一億四一七五万四六七〇円から2(一)(5)記載の本件土地のうち2(一)(1)(オ)を除いた土地の売却により取得した金八億四九六六万八〇二二円を控除した金額)相当の損害を被つた。

(2) 原告は、2(一)(4)記載のとおり金一一億四一七五万四六七〇円の支払をしたが、同五三年九月から2(一)(5)記載の売却代金の支払を受けた同五六年一二月までの間、同額の資金の運用ができなかつたものであり、これを年八分五厘の利回りにより計算すると、右運用できなかつたことによつて失つた利息は金三億円を下らない。

(三) 東京建設資材は、被告が事実上主宰している会社であるところ、被告は、原告の代表理事の地位を利用して、専ら東京建設資材の利益のみを図り、原告が保証債務を履行することにより損害を被る結果になることを顧みることなく、原告の議決機関に諮らずに独断で本件連帯保証契約を締結し、これにより、原告に対し、前記損害を与えたものである。

3 (株式会社ミキ通商及び清和産業株式会社に対する不良貸付)

(一) 原告は、株式会社ミキ通商(以下「ミキ通商」という。)及び清和産業株式会社(以下「清和産業」という。)に対し、合計金一七億六七六九万円を貸し付けていたところ、両社はいずれも倒産してしまつたため、右貸付金は回収不能となり、昭和五三年三月、金一一億九四一二万二五二八円を償却せざるをえなくなり、原告は、これにより同額の損害を被つた。

(二) 右不良貸付は、当時原告の専務理事であつた清水晶(以下「清水」という。)が、その地位を利用して、専ら債務者である前記両会社の利益を図るため、返済のあてがないのになされたものであるが、被告は、原告の代表理事として他の理事の職務行為を監視し、原告に対する損害の発生を未然に防止すべき義務があるのに、清水の右不良貸付を看過してこれを放任し、のみならず、右不良貸付の事実を知つた後も、それが監督官庁に発覚することを恐れ、同五〇年一〇月二六日、三好建設不動産株式会社(以下「三好建設不動産」という。)との間で、いずれも右貸付金の弁済に充てる意思がないのに、同社から右貸付金の担保として同社名義の定期預金及び同社の所持にかかる約束手形金額合計金一〇億五一一六万三八九五円の提供を受けたように仮装して適切な保全措置を取らず、もつてその職務を懈怠し、そのために原告に対し、前記損害を与えたものである。

4 (株式会社エヌ・エス・シーの過振り)

(一) 原告は、昭和五〇年九月三〇日、株式会社エヌ・エス・シー(以下「エヌ・エス・シー」という。)の当座預金口座に支払呈示のあつた手形等につき、同社の当座預金口座は金一億三三四二万円の資金不足となるので、これを理由に不渡処分に付すべきであるのに、同社から、第三者振出の他店宛小切手を提供させ、これを引当てに支払呈示のあつた右手形等を決済した。

(二) ところが、右他店宛小切手は不渡となり、その後、エヌ・エス・シーは倒産してしまつたため、これにより、原告は合計金一億八二七〇万円の損害を被つた。

(三) 右他店券過振りは、清水が、原告の専務理事の地位を利用し専らエヌ・エス・シーの利益を図るために行なつたものであるが、被告は、原告の代表理事として他の理事の職務行為を監視し、原告に対する損害の発生を未然に防止すべき義務があるのに、清水の右過振りを看過してこれを放任してその職務を懈怠し、そのため原告に対し、前記損害を与えたものである。

(四) 仮に右(三)が認められないとしても、被告は、原告に対し、原告の被つた前記(二)の損害のうち金一億六四七〇万円くらいを昭和五三年三月末日までに填補する旨約していたが、未だそのうち金一億六〇八二万九六二九円の履行をしない。

よつて、原告は、被告に対し、信用金庫法三五条一項による損害賠償請求権に基づき、2の金五億九二〇八万六六四八円、3の内金一〇億五一一六万三八九五円及び4の内金一億六〇八二万九六二九円の合計金一八億〇四〇八万〇一七二円並びに右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五七年六月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

原告は、昭和五六年五月二九日、被告との間で、「双方で相手方に対する告訴を取下げ、今後刑事上、民事上の請求をしないこと(但し、正規の貸出しに対する債務を除く。)。」との合意をした。右合意は、原告は被告に対して被告の原告代表理事在任中の作為、不作為につき民事上の請求を一切しない趣旨であつて、本訴請求にかかる損害賠償請求もこれに含まれ、右請求につき、原、被告間には不起訴の合意が存することになる。

本訴請求は、右不起訴の合意に反して提起されたものであるから、権利保護の利益を欠く不適当な訴である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

1 原告が、昭和五六年五月二九日、被告との間で、「双方と相手方に対する告訴を取下げ、今後刑事上、民事上の請求をしないこと(但し、正規の貸出しに対する債務を除く。)。」との合意をしたことはあるが、これにより、被告に対して被告の原告代表理事在任中の作為、不作為につき民事上の請求を一切しない旨約したものではない。すなわち、当時、原告の理事であつた坪田正及び鈴木教一郎が被告を本訴請求と関係のない業務上横領罪で東京地方検察庁検察官に告訴をし、被告が右両名を誣告罪で同庁検察官に告訴をしていたものであるところ、原、被告は、これに関して、それぞれ告訴を取り下げるとともに、原告は、被告が右業務上横領行為をなしたことを前提とする民事上の請求をしないことを合意したにとどまるのである。

2 仮に本訴請求について不起訴の合意がなされたものであるとしても、本訴請求は、信用金庫法三五条一項に基づき、被告の任務懈怠による損害の賠償を請求するものであるところ、昭和五六年法律第七五号による改正前の信用金庫法三五条三項(以下「旧三五条三項」という。)、同年法律第七四号による改正前の商法二六六条四項(以下「旧二六六条四項」という。)によると、その責任は原告総会員の同意がなければ免除することができず、しかも右規定が強行規定であることに鑑みるならば、右責任につき原告総会員の同意なく原、被告間でなされたにとどまる不起訴の合意は、右規定の趣旨に照らし、かつ信用金庫の公共性の見地からみて、公序良俗に反するというべきである。従つて、右不起訴の合意は無効である。

四  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実のうち、(一)(1)ないし(5)は認めるが、(二)及び(三)は否認する。

3 同3の事実について(一)は認める。(二)のうち、被告が、三好建設不動産との間で、監督官庁の検査に対処するために原告の主張する内容の担保の提供を受けたように仮装したことは認めるが、その余は否認する。

4 同4の事実のうち、(一)、(二)は認めるが、(三)、(四)は否認する。

五  被告の主張

1 乗蓮寺跡地の取得

被告は、次のとおり、乗蓮寺跡地の一部を原告板橋支店の移転用地として予定し、右用地を確保するために、本件連帯保証契約を締結したものである。

(一) 原告は、板橋支店の建物が狭あいかつ老朽化したうえ、立地的にも新中仙道の拡幅工事、高速道路の新設により商店街、住宅地と分断されてしまつたため、昭和四三年ころから、理事会において、同支店の移転問題を取り上げており、同四六年一二月における事業用不動産取得長期計画においても、同支店の移転の必要性を再確認していた。

(二) そこで、被告は、同月ころから、乗蓮寺との間で、同寺跡地の売却の交渉をしてきたところ、同寺から参道を含めた跡地を一括して売却するとの条件を提示され、被告としても、右参道が旧中仙道に通じて商店街、住宅地を結んでおり、これがなければ来店する顧客は遠く迂回しなければならず、顧客の利便のため必要な部分であること、支店用地として不要な部分はその後処分することができること等を考慮し、同寺跡地を一括して買い受けることにした。

(三) しかしながら、金融機関である原告は、大蔵省の行政指導により、所轄財務局長の承認を得なければ支店用地を取得することができないため、被告は、乗蓮寺跡地の一部を板橋支店の移転用地として確保する手段として、自己が主宰する東京建設資材をして、請求原因2(一)(1)、(2)記載の各契約を締結させたうえ、原告が乗蓮寺跡地の実質的な買主であるので、原告代表理事として、三井建設に対し、東京建設資材の買戻義務について連帯保証したものである。

以上のように、被告が、原告の代表理事として、東京建設資材の三井建設に対する買戻義務について連帯保証したのは、乗蓮寺跡地の一部を原告の支店移転用地として取得するためであり、東京建設資材の利益を図つたものではないから、被告には任務懈怠はないと言わなければならない。

なお、原告は参道部分が売却できずに残つたことをもつて損害と主張しているけれども、それは、被告の退職後に原告が残地処分の時期、方法を誤つた結果であるから、その責を被告に負わせることはできない。

2 ミキ通商及び清和産業に対する不良貸付

右両者に対する不良貸付は、清水が独断専決し、被告には秘匿されていて、被告は事後になつて右不良貸付の事実を知るに至つたものであるから、被告に任務懈怠の違法はない。

また、被告は、担保の提供を受けたように仮装したが、これにより、原告に対して、新たな損害を与えたものではない。

3 エヌ・エス・シーの過振り

右過振りは、清水が独断専攻し、被告には秘匿されていて、被告は事後になつて右事実を知るに至つたものであるから、被告に任務懈怠の違法はない。

4 原告は被告に対し、被告の原告代表理事在任中の作為、不作為につき民事上の請求を一切しない旨を約し、被告はこれを信頼して原告理事及び総代を辞任するとともに原告代表理事としての退職金、功労金を請求しないことにしたものであるから、原告が右約束に反して本訴請求をすることは信義則に反し権利の濫用にあたるから許されない。

六  被告の主張に対する原告の認否

1 被告の主張1について

(一) 同(一)の事実は否認する。

原告は、昭和四七年四月に、板橋支店につき、合計四〇坪の鉄筋コンクリート二階建建物の増築及び旧建物の全面改修を金四一〇一万三一〇〇円で行なつており、また、立地的にも、同支店は、都営地下鉄三田線板橋区役所前駅の出入口の直近にあつて板橋区役所に隣接するとともに山手通りを挾んで大山商店街に接し、仲宿商店街とも国道一七号線に面して結ばれているのであるから、同支店の移転の必要性はない。

(二) 同(二)の事実は否認する。

乗蓮寺跡地の参道は、袋地所有者の囲繞地通行権のある公路で通路として使用されてきており、その両側は商店街の表に当たつていて商店街の道路以外に利用価値がなく、原告が買い受けなくても右参道が通路でなくなることはない。被告は、原告にとつて何ら買受けの必要がなく、しかも他に売却できない土地を買い受けたものである。

(三) 同(三)の事実のうち、被告の主張する内容の大蔵省の行政指導があることは認めるが、被告の行為が乗蓮寺跡地の一部を支店移転用地として確保するためになされたことは否認する。

乗蓮寺跡地の面積は、三七九一・六平方メートルで、本件土地に限つてみても一八〇八・四平方メートルあり、本店敷地一五三六・六一平方メートルに比して広大であつて、このような支店用地を確保する必要はない。

また、大蔵省は、信用金庫基本通達において、信用金庫の資産の流動性を確保するため、支店用地の取得等事業用不動産取得について、固定比率(事業用不動産の総額の自己資本の額に対する割合)が七〇パーセントを超える場合は、所轄財務局長の承認を要する旨規定しているところ、原告は、被告が連帯保証した昭和四九年六月当時、本店を建設中で完成後の固定比率が九五・四一パーセントになることが予定されていたのであるから、さらに本件連帯保証契約締結により乗蓮寺跡地を取得することは、原告の資産の流動性を損ない運用利益を減ずるもので、業務運営上やむを得ないものとはいえない。

その他、被告の主張1はすべて争う。

2 被告の主張2の事実は否認する。

大口信用供与については、所轄財務局長に対して三か月毎に報告をすることを義務づけられており、商社に対する貸付についても、昭和四九年一二月、同五〇年三月、同年六月、同年九月に報告がなされ、その際、いずれも被告が報告書類に決裁しているのであるから、被告は清水の右不良貸付の事実を知つていたものと言うべきである。

3 被告の主張3の事実は否認する。

4 被告の主張4は争う。

(乙事件)

一  請求原因

1 被告は、昭和三七年四月原告の総代となり、同三九年九月原告の理事に就任した。

2 被告は、昭和三九年九月から同五二年一二月までは原告理事長、同五三年一月から同五六年五月までは原告会長として、その間、原告の代表理事の地位にあつた。

3 被告は、同月二二日、原告理事会において、原告代表理事を解任され、これにより代表権のない理事及び総代となつた。

4 被告の原告代表理事としての退職金、功労金の額は、合計金五〇〇〇万円を下らない。

よつて、被告は、原告との間で、被告が原告の理事及び総代の地位にあることの確認と原告に対し、原告代表理事としての退職金、功労金合計金五〇〇〇万円及びこれに対する代表理事終任の後である昭和五六年六月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1ないし3の事実は認めるが、同4の事実は否認する。

三  抗弁

1 被告は、昭和五六年五月二九日、原告の理事及び総代を辞任するとともに、原告に対し、退職金、功労金等一切の請求をしない旨約した。

2 遅くとも昭和五六年五月二九日から既に理事の任期二年及び総代の任期三年を経過している。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は認める。

五  再抗弁

被告の、原告の理事及び総代の辞任並びに原告代表理事としての退職金、功労金請求権の放棄の各意思表示は、錯誤または詐欺によるものである。

1 錯誤による無効

(一) 原告は、被告に対し、被告の原告代表理事在任中の作為、不作為につき民事上の請求を一切しない旨約したので、被告は、これを前提として、原告の理事及び総代を辞任するとともに原告代表理事としての退職金、功労金請求権を放棄する旨の意思表示をなした。

(二) しかし、原告は、右約束に反し本訴請求をしている。

(三) 従つて、仮に本訴において被告の本案前の主張が容れられないときは、被告の右各意思表示はその重要部分に錯誤があることになる。

2 詐欺による取消

(一) 原告は、被告に対し、真実その意思がないのに、被告の原告代表理事在任中の作為、不作為につき民事上の請求を一切しない旨約して被告を欺き、その旨誤信せしめて、原告の理事及び総代を辞任するとともに原告代表理事としての退職金、功労金請求権を放棄する旨の意思表示をさせた。

(二) 被告は、原告に対し、昭和五九年五月二二日の本件口頭弁論期日において、右各意思表示を取消す旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実はいずれも否認する。

第三  証拠〈省略〉

理由

第一甲事件について

一まず、被告の本案前の抗弁について判断する。

原告が、昭和五六年五月二九日、被告との間で、「双方で相手方に対する告訴を取下げ、今後刑事上、民事上の請求をしないこと(但し、正規の貸出しに対する債務を除く。)。」との合意をしたことは当事者間に争いがない。

被告は、これにつき、被告の原告代表理事在任中の作為、不作為に関する一切の民事上の請求をしない趣旨であつて、本訴請求にかかる損害賠償請求もこれに含まれる旨主張し、他方、原告は、右合意は当時原告が被告を被告訴人として告訴していた業務上横領行為を前提とする民事上の請求をしないことを約したにとどまり、本訴請求にかかる損害賠償請求はこれに含まれない旨主張するので、まず、この点につき審案する。

前項の争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  昭和五六年五月当時、原告理事会内において、被告の原告代表理事在任中の使途不明金の私費流用等をめぐつて、被告に対する批判が高くなつてきており、同月一四日には、原告の理事であつた坪田正及び鈴木教一郎が、被告が原告と同和火災保険株式会社との共同建物の一部を他に売却した際に売却代金の他に裏金として金九二〇〇万円の支払を受けてこれを不法に領得したとして、被告を業務上横領罪で東京地方検察庁検察官に告訴をし、ついには同月二二日、原告理事会で原告代表理事を解任するに至つた。

2  被告は、右告訴に対して坪田正及び鈴木教一郎を誣告罪で同庁検察官に告訴するとともに、前記代表理事を解任された同月二二日深夜から翌二三日にかけて、原告総代懇談会を開催し、あるいは、原告総代からその議決権行使の委任状を提出させて、同月三〇日に予定されていた原告総代会に備え、他方、原告新執行部も、同月二六日、被告の原告総代会における巻返しに対抗するため、総代懇談会を開催し、出席した原告総代に対して被告の原告代表理事在任中の行状等について説明をするに至り、このため、原告総代会における原告新執行部と被告との衝突が避けられない情勢になつた。

3  そして、当時原告の顧問弁護士であつた吉田昭夫は、右衝突が原告の信用に及ぼす影響に鑑み、原、被告間の和解を斡旋することとし、同月二八日昼、元原告専務理事の清水に対し、被告が原告理事及び総代を辞任する代わりに当時原告理事長であつた齋藤精之助が理事を辞任する旨の提案をして、原告に対する和解の斡旋を依頼し、さらに同日夕刻、被告の弟である浅野文敏をまじえて和解案について協議をした。清水は、齋藤の理事辞任は適当でないと考えて吉田の右提案を拒絶したところ、被告側の提案により、齋藤の理事辞任に代えて、原告の被告に対する債権に関し、被告が実質的に主宰する東京建設資材、川治温泉ホテル及び丸影株式会社に対する貸付金以外のものは、告訴にかかる業務上横領に関わるものに限らず、被告に対して請求をしないとすることで話がまとまり、翌二九日、右趣旨に沿つて、吉田昭夫、浅野文敏と清水が原告の他の理事らへの斡旋を依頼した原告総代の中村芳弘とが協議し、「今夜文書合戦等相手方を非難攻撃することを中止する。」との文言を第一項、前記合意を第二項とする原案ができあがつた。

4  同日夜、原告理事、原告代理人小川征也弁護士らと被告側の吉田昭夫弁護士、浅野文敏とが右原案について協議したが、その際、原告理事においても、右原案における正規の貸出しに対する債務が被告の主宰する前記三社に対するものであることを了解していたにもかかわらず、右原案の表現について格別の異議等は述べなかつた。

5  ただし、原告理事の間では右第二項のままでは信用金庫法三五条との関係で疑義があるとの見解が出され、被告の退職金請求権等を放棄させこれと見合いにすることで右疑義を解消し、かつ、原、被告間の債権債務関係を消滅させる趣旨を明確にするために、原告側から、「浅野文彰(被告)は、退職金、功労金等一切の請求をしない。」旨の第三項を加入するとの提案がなされた。

被告は、原告の右提案に対し、その文言によると被告が自らの責任を認めた趣旨に受け取られる虞れがあると考えて右第三項に「東京信用金庫の経営の現状に鑑み」を加えた文言とすることで話がまとまつた。

6  この結果、同日夜半、原告代理人弁護士小川征也と被告代理人弁護士吉田昭夫とが右合意を内容とする覚書(甲第二号証、乙第一号証。以下、「本件覚書」という。)に調印し、他方、被告は、右調印により、以後、原告の代表理事としての行為に対して一切原告から損害賠償を請求されることがないと信じて原告に対して、原告理事及び総代の辞任届を提出した。

以上の事実が認められ、証人齋藤精之助の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らしてたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の各事実に、本件覚書の文言の合理的解釈、すなわち、本件覚書はその文言上、民事上の請求をしない旨の本文を承けて括弧内でその除外とされるべき債権を明示したものと解されるところ、右債権が前記のとおり被告が主宰する三社に対する貸付金であることは原、被告間で諒解されており、仮に民事上の請求をしない旨の本文が業務上横領による告訴の事実にかかる債権に関するものであるとすれば、右括弧は全く不要の内容になつてしまうことを考え合わせると、右合意は、右貸付金を除き、本訴請求にかかる損害賠償債権を含む被告に対するその余の債権全部について合意されたものであると認めるのが相当である。〈証拠〉中、右認定に反する部分は、前掲各証拠及び右合意の文言に照らしてたやすく信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、次に、右合意が不起訴の合意にあたるか否かについて審案する。原、被告間で交渉するに際し、浅野文敏、小川征也及び被告はいずれも、右合意により原、被告間の債権債務関係を消滅させる意思を有していたこと、しかしながら、ここで債権の放棄又は債務の免除という表現をとることは信用金庫法三五条との関係で原告総会員の同意が必要になることから難しいと考え、請求をしない旨の表現にとどめたことは前記認定のとおりである。これによると、裁判上、裁判外を問わず原告による請求、被告による履行はまつたく予定されていないものであるから、右合意は、実体権を残しつつ単に裁判上の請求をしない趣旨ではなく、むしろ、実体権そのものの放棄又はそれに対する債務の免除を意味するものと解するのが相当であると言わなければならない。従つて、右合意は、直接には不起訴の合意と言うことはできない。仮に右合意が右実体権を主張して裁判上の請求をすることもしないとの趣旨を含むと解してみても、ある権利(実体権)について不起訴の合意が有効であるためには、その権利自体を放棄することができる場合であることを要するところ、信用金庫法旧三五条三項、商法旧二六六条四項からすれば、本訴請求にかかる原告の被告に対する損害賠償債権は原告の総会員の同意がなければ放棄できないものと解されるから、右債権についての不起訴の合意が有効であるためには、これについて原告の総会員の同意が必要と言うべきである。しかるところ、右同意の存在については何ら主張立証がないから、右債権について不起訴の合意が有効になされたと認めることはできない。してみれば、いずれにしても、被告の本案前の抗弁は理由がない。

二原告の本訴請求について判断する。

1  請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

2  (乗蓮寺跡地の取得について)

(一) 請求原因2(一)(1)ないし(5)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 原告板橋支店は、大正一二、三年ころ、板橋信用金庫の本店として建設され、その後、合併により原告の支店となつたものであるところ、立地的には、都営地下鉄三田線板橋区役所前駅の出入口の直近にあつて板橋区役所の北側に隣接しており、山手通りを挟んで大山商店街に接するとともに国道一七号線(新中仙道)を挟んで仲宿商店街に面しているが、山手通りの上に高速道路が新設され、また、国道一七号線も拡幅された結果、従前に比して車両の往来が激化し、仲宿商店街内を通過している旧中仙道沿いに居住する多数の一般顧客にとつてその利用が不便なものになつてきており、しかも、建物が狭あいかつ老朽化してきたことから、昭和四三年ころから、同支店の移転問題が理事会において取り上げられ、同四六年一二月における事業用不動産取得長期計画においても同支店の移転の必要性が再確認されていた。

(2) そして、同月ころ、たまたま乗蓮寺跡地の売却の話が持ち上がり、同跡地が仲宿商店街内にあつて国道一七号線に面していたことから、当時原告の総務部長であつた永田茂が、被告に対して同跡地の取得を上申し、その承認を得て乗蓮寺と同跡地の買受の交渉に当たることになつた。

(3) 乗蓮寺は、当初から、参道を含めた跡地を一括して売却したいとの意向であつたため、被告としては、支店用地として三〇〇坪程度の面積の土地で十分であると考えていたものの、支店用地として不要な部分はその後処分することができること等を考慮し、昭和四八年一一月、同跡地を一括して取得することとし、その代金についても乗蓮寺の意向を容れて、坪当たり金一一〇万円(但し、内参道部分については坪当たり金六〇万円)とすることにした。

(4) もつとも、原告理事会規程五条一六号によれば、支店用地の取得は、業務に関する重要事項として理事会の議決が必要とされ、また、大蔵省の行政指導によれば、金融機関は所轄財務局長の承認を得なければ支店用地を取得することができないものとされているところ(右内容の行政指導があることは当事者間に争いがない。)、理事会の議決を得たうえ正式の承認を待つて用地取得の交渉に入つた場合には、金融機関の取得予定地であることが公になつてしまうため、当該土地の地価が二ないし三倍くらいに上昇するうえ、その取得が困難になるという弊害が生じることから、所轄財務局の担当者と内々に打合せをし、子会社等を利用してまず用地取得の交渉にあたらせ、しかる後に理事会の議決を得て所轄財務局長に対して承認の申請をするのが通例であつた。そこで、被告も、これに倣い自己が主宰している会社である東京建設資材を買主とし、乗蓮寺との間で、請求原因2(一)(1)記載のとおり乗蓮寺跡地を代金一一億六九九四万六〇〇〇円で買い受ける旨の売買契約を締結させた。

その後、乗蓮寺に対する売買代金の弁済期(昭和四九年六月三〇日)が迫つたにもかかわらず、原告の東京建設資材に対する融資枠の点で右代金に見合う大口信用供与が困難であつたため、三井建設に対し、同社が支店の建設工事を請け負うことを前提に、乗蓮寺跡地の引き取りを依頼し、同2(一)(2)記載のとおりの契約を締結せしめるとともに、被告は、原告を代表して同2(一)(3)記載のとおり本件連帯保証契約を締結した。

(5) ところが、おりからの石油ショックにより地価が暴落してしまつたため、支店用地として不要な部分を処分することが困難な状況になつてしまい、原告板橋支店の移転計画は変更を余儀なくされ、他方、三井建設においても、乗蓮寺跡地の取得による長期間の金利、公租等の負担が限界に達したため、東京建設資材に対し同跡地の買戻を請求するとともに、昭和五二年九月二〇日には原告に対しても同地の引き取りを要求するに至り、この結果、昭和五三年三月三一日、価格を金一八億六五〇〇万円として同跡地及び六五番五の土地を買い戻すことになつた。そして、三井建設に対する右代金は、東信企業株式会社が東京建設資材に代わり金一〇億円を、東京建設資材が昭和五三年四月一四日藤和不動産株式会社に乗蓮寺跡地のうち甲事件請求原因2(一)(1)(イ)の一部(分筆後の六二番一一)、同(ウ)の土地及び六五番五の土地を代金一一億七〇〇〇万円で売り渡した際の手付金から仲介料を控除した金九三七〇万円を、原告が残金七億七一三〇万円をそれぞれ支払つた。なお、東信企業株式会社が支払つた右金一〇億円については、東京建設資材が藤和不動産株式会社から支払を受けた右売買代金残金六億六二八五万七〇〇〇円を、原告が金三億三七一四万三〇〇〇円をそれぞれ東信企業株式会社に支払つた。

(6) 原告は、右支払の他、昭和五三年九月三〇日までに税金等を支払い、結局合計金一一億四一七五万四六七〇円を支出し、これにより本件土地の所有権を取得することにした。

(7) 原告は、昭和五六年八月二〇日、株式会社熊谷組に対し、本件土地のうち甲事件請求原因2(一)(1)(オ)を除く土地を代金八億七八一四万六五〇〇円で売り渡し、この結果、右代金額から手数料等を控除した金八億四九六六万八〇二二円を取得した。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) そこで、被告が、原告の代表理事として本件連帯保証契約を締結したことが、右代表理事としての任務に違反したかについて検討する。

(1) まず、原告は、昭和四七年四月に、同支店について、その建物を全面改修するとともに鉄筋コンクリート二階建建物床面積合計四〇坪の増築を行なつたものであるから、同支店の移転の必要性はない旨主張し、〈証拠〉によれば、右増改築の事実が認められる。しかしながら、〈証拠〉によれば、原告は、当時、新規採用者三〇〇人を予定しており、その増員に備えて店舗のほぼ全部について緊急に改修工事を行なう必要に迫られていたため、その一環として同支店についても右増改築を行なつたものであることが認められ、そうであれば、右増改築がなされたことをもつて、直ちに同支店移転の必要性がないとまでは言うことができない。

(2) 次に、原告は、乗蓮寺跡地が本件土地に限つてみても本店敷地に比して広大であり、また、本店完成後の固定比率が九五・四一パーセントになることが予定されていたのであるから、さらに支店移転用地を取得することは、原告の資産の流動性を損ない運用利益を減ずるもので、このような支店用地を確保する必要はない旨主張する。

前記確定した各土地の登記簿上の面積からすれば、乗蓮寺跡地の面積が三七九一・六平方メートルで、本件土地に限つてみても約一八三八平方メートルあり、他方〈証拠〉を総合すれば、本店敷地の面積は一五三六・六一平方メートルであることが認められるから、これによると、確かに本件土地は支店用地として広大であり、また、〈証拠〉によれば、大蔵省は、信用金庫基本通達において、支店用地の取得等事業用不動産取得について、固定比率が七〇パーセントを超える場合には所轄財務局長の承認を要する旨を規定していること、当時建設中の本店が完成した後の原告の固定比率が九五・四一パーセントになることが予定されていたことが認められ、そうであれば、このような土地の取得は、資産の流動性を確保するために設けられた右基本通達の趣旨に照らして好ましくないと言えなくもない。

(3) ただ、前記のとおり、被告が支店用地として必要としたのはせいぜい三〇〇坪であり、乗蓮寺跡地のうち支店用地として不要な部分はその後処分することを予定していたものであるから、これによる限りは本店敷地に比して広大とは言えず、また、被告本人尋問の結果によれば、将来計上される利益による自己資本の増加に伴い固定比率が改善される見通しが確認できる場合には、所轄財務局長の承認を得ることができることが認められ、右事実に、本件で被告が企図したのは新支店の設置ではなく既存支店の移転にとどまることを考え合わせると、支店移転によつて固定比率を著しく上昇させるものでもないと言うことができるから、将来における固定比率の改善も一応可能であつたことが窺われる。そうであれば、被告が、乗蓮寺跡地のうち支店移転用地として必要な三〇〇坪程度の土地を確保しようとしたこと自体は、右認定、判示に照らして、必ずしも不当とまでは言うことができない。

(4) しかしながら東京建設資材と乗蓮寺の間で、売買契約が締結されたのが昭和四八年一一月二九日であることは前記のとおりであり、そうすると、この時点で支店移転用地を事実上確保したと言うことができるのであるから、理事会の承認を得たうえ所轄財務局長の認可を得て正式に用地取得の手続をすることの障害は消滅したものと言うことができる。従つて、およそ土地投機を行なうことなど許されない公共的な金融機関である原告の代表者である被告としては、速やかに、乗蓮寺跡地のうち支店移転用地として必要な範囲の土地については支店移転に必要な諸手続をとるようその配下の担当者に指示し、もつて正式に右用地を取得するとともに、右の手続により支店移転用地として特定された以上の部分の土地については他に売却先を確保し、もつて漫然同跡地を金融業務に不必要な部分を含めて一体として(事実上でも)保有し続けるなどして右土地の価格変動による危険を原告に負わせることを避けるべき任務があるものと言うべきである。しかるに、本件全証拠によつても、その後本件連帯保証をした昭和四九年六月二八日までの約七か月もの間、被告が、支店移転についての具体的な計画を策定したり、これに関して原告理事会の議事に諮り、あるいは所轄財務局長の承認を申請する等支店移転に必要な諸手続を行なつた事実も、被告が、支店用地として不要な部分につき他に買受方を依頼した事実も認められない。そして、東京建設資材をして、乗蓮寺跡地を右のように漫然一体として保有させ続けた挙句、同会社が乗蓮寺に対する弁済期の到来に迫られるや、同跡地全体について同会社のため本件連帯保証契約を締結した結果、これに基づいて買戻義務を履行せざるをえなくなつた(被告本人尋問の結果によれば、東京建設資材はそれまで休眠会社であつたものを原告の支店移転用地取得のため、被告がこれを活動させたものであることが認められ、これによると、原告が東京建設資材の三井建設に対する買戻義務につき連帯保証するならば、他に売却先を確保しない限り、原告が支店用地として不要な土地についても買戻義務の履行にあたらざるを得ないことになるのは容易に予見しうるところである。)ことは、前記認定の事実経過から明らかである(おりからの石油ショックによる地価が暴落のため、他に処分することが困難な状況になつてしまい、所期の計画の変更を余儀なくされたということがあつたとしても、そもそも、それ以前に乗蓮寺跡地のうち支店移転用地として必要な三〇〇坪程度の土地のみを確保すべきであつたのに、これをしなかつたことが右のような経済情勢の変化に適切に対応できなくなつた原因をなすものであるから、これを理由に買戻義務の履行による原告の損害を正当化することは許されないものと言わなければならない。)。

従つて、被告が、支店移転用地を確保する手段として、東京建設資材に乗蓮寺跡地を一体として保有させ続けたうえ同会社のため本件連帯保証をしたことは不相当と評価せざるをえず、そうすると被告の右所為は原告代表理事としての前記任務に違背したものというべく、被告は、原告に対し、これにより原告が被つた損害を賠償する責任がある。

(三) そこで、原告の被つた損害について審案する。

(1) 原告は、本件連帯保証契約に基づき、三井建設に対し、金七億七一三〇万円を支払い、また、東信企業株式会社が東京建設資材に代わり三井建設に支払つた金一〇億円のうち金三億三七一四万三〇〇〇円を東信企業株式会社に支払つていること、原告は、右支払に加え、昭和五三年九月三〇日までに税金等を支払い合計金一一億四一七五万四六七〇円を支出し、これにより本件土地の所有権を取得したこと、原告は、昭和五六年八月二〇日、株式会社熊谷組に対し、本件土地のうち甲事件請求原因2(一)(1)(オ)を除く土地を代金八億七八一四万六五〇〇円で売り渡し、この結果右代金額から手数料等を控除した金八億四九六六万八〇二二円を取得したことは、前記のとおりである。

(2)  右事実によれば、原告は、支出した金一一億四一七五万四六七〇円につき、昭和五六年八月二〇日まではこれを運用することができなかつたものであるけれども、他方、右支出により原告は、単に連帯保証債務を履行したというにとどまらず、自ら三井建設から本件土地を買い受け、その所有権を取得したと言うものである。そうであれば、特段の事情の窺われない本件では、原告は、本件土地より果実を取得しえたものと推認すべきであり、かつ右果実は右支出した金員にかかる運用利益と等しいものと解するのが相当であるから右利益を損害として計上することはできないものというべきである。

(3) 次に、右(1)の事実によれば、原告は、支出した金一一億四一七五万四六七〇円のうち、株式会社熊谷組に対する売却代金から金八億四九六六万八〇二二円を回収しているから、その未回収金は金二億九二〇八万六六四八円となる。

原告は、なお乗蓮寺跡地のうち前記(オ)の土地を所有しているものであるが、〈証拠〉を総合すれば、右(オ)の土地は乗蓮寺の参道であつたところで、旧中仙道に通じて商店街、住宅地をその余の乗蓮寺跡地に結んでおり、東京建設資材が乗蓮寺から同寺跡地を買い受けた当時も道路として使用する外に利用価値がなかつたこと、それにもかかわらず被告が東京建設資材をして乗蓮寺から(オ)の土地を含めて同寺跡地を買い受けさせたのは、乗蓮寺が一括売却の意向を有していたこともあるが、右土地が移転を予定した原告板橋支店に通じる道路として旧中仙道沿いに居住する多数の一般顧客の利便に適うと考えたからであること、その後、前記のとおり右支店移転計画が挫折したため、本件連帯保証契約の履行の結果取得した本件土地につき、所轄財務局長からその処分を指導され、原告は、前記のとおり昭和五六年八月二〇日に株式会社熊谷組との間で売買契約を締結したが、右(オ)の土地については資産価値がないとしてそれを売却することができなかつたこと、そして、原告は、右土地につき、所轄財務局長の指導により、備忘勘定として金一万円を残しただけで損失として処理したこと、右土地は、現在も道路として使用され、その両側には商店等が建ち並んでいること、以上の事実が認められ、これらの事実を総合すると、右(オ)の土地は、支店に通じる道路として使用されるのであれば格別、支店移転が実現の見込がなくなつた以上独立して何らの価値も有しないものと推認することができる。そうであれば、原告が前記未回収にかかる金二億九二〇八万六六四八円を今後回収することは不可能であり、結局、原告は、同額の損害を被つたことになると言わなければならない(被告は、原告の土地処分の時期・方法が不適切であつたため、前記参道部分が売却できずに残つた旨主張するけれども、〈証拠〉に鑑みれば、株式会社熊谷組に対する前記土地売却が拙速であつたと言うことはできず、他に右不適切を具体的に窺わせるような証拠はないから、右主張は失当である。)。

(四) 従つて、被告は、原告に対し、金二億九二〇八万六六四八円の損害を賠償する義務がある。

3  (ミキ通商及び清和産業に対する不良貸付について)

(一) 請求原因3(一)の事実及び(二)の事実中、被告が、三好建設不動産との間で、監督官庁の検査に対処するために原告の主張する内容の担保の提供を受けたように仮装したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、昭和四三年八月一二日以降内規において、貸出につき純債の累積額が金三〇〇〇万円を超えるものは理事長の決裁を要するものと定めて右の場合の決裁の代行を認めていないこと、しかるに、清水は、これに反し個々の貸出の金額が金三〇〇〇万円を超えない限り決裁の代行が許されるものとして扱い、これにより、ミキ通商及び清和産業に対する貸付に際してもその大部分が累積貸出額が金三〇〇〇万円を超えた貸付であるにもかかわらず、自ら決裁を行ない、理事長である被告の決裁を経ていなかつたこと、原告は、大口の信用供与に関し、三か月毎に、所轄財務局長に対して報告をしており、その際、理事長がこれを決裁していること、被告が清水の右両社に対する不良貸付の事実を知つた時点には、既に両社とも担保として見るべき財産を有していなかつたことが認められる。

(二) そこで、被告に原告の代表理事としての任務懈怠があつたか否かについて検討する。

(1)  本件の不良貸付は、清水が、原告の専務理事の地位を利用し専ら債務者の利益を図るために、独断で行なつたものであることは、前記認定の事実に弁論の全趣旨を総合して容易にこれを推認しうるところ、被告は原告の代表理事であるから、他の理事の職務行為を監視し、その不正行為又は任務懈怠による原告に対する損害の発生を未然に防止すべき任務があり、仮に被告が広く金庫業務全般に意を用いることなく、他の理事の不正行為又は任務懈怠を看過した場合には、自らも前記任務を怠つたものと言わなければならない。

(2)  しかしながら、被告が清水のミキ通商及び清和産業に対する不良貸付を知りながらこれを承認し又は制止しなかつた事実は本件全証拠によるも認めることができない。しかして、前記認定事実によれば、清水は、右両社に対する大部分の貸付について、理事長の決裁が必要であるにもかかわらず、自ら決裁し独断専決していたというのであるから、被告が、清水の右不良貸付の事実を知りうる機会はなかつたものと言わなければならない。

ただ、清水は、両社に対する貸付の一部については理事長の決裁を得ており、また、所轄財務局長に対する三か月毎の大口信用供与の状況に関する報告においては理事長がこれを決裁していたのであるから、この時に右不良貸付の事実を知りえた可能性があると言えなくもない。しかしながら、〈証拠〉によれば、理事長の決裁を要する書類は時により多数に及ぶこと、その場合、右書類を逐一細部にわたつて検討することは事実上困難であること、所轄財務局長に対する前記報告書からは大口の信用供与であることは分かるものの、債務者の状況については担当者から聞かなければ分からず、被告としては右担当者の応答を信用せざるをえないことが認められ、他方、〈証拠〉によれば、前記両社は、昭和五〇年ころから、取引先の倒産により経営が悪化し、清水はその倒産を回避するために緊急に融資を行なう必要に迫られていたことが認められ、清水が、右決裁を受けるにあたり、被告に対して、前記両社に対する貸付の事実を正確に告げていたとは考え難いことを合わせ考慮すれば、被告が清水の不良貸付の事実を探知することはできなかつたものと推認するのが相当である。

従つて、右事情の下においては、被告には清水の職務行為を監視するについての任務懈怠はないと言わなければならない。

(3) また、被告が、右不良貸付の事実を知つた後、三好建設不動産との間で、監督官庁の検査に対処するために右不良貸付にかかる債務につき原告の主張する内容の担保の提供を受けたように仮装したことは前記のとおりであり、このことは、被告が職務を行なうにつきその任務に違背したものと言うことができるけれども、右担保提供が仮装のものであることからすれば、担保物をミキ通商及び清和産業に対する債権の満足に供することなく三好建設不動産に返還したからといつて当然に原告に右担保物相当額の損害が生じたものと解することができないことは言うまでもない。のみならず、前記認定事実によると、被告が清水のミキ通商及び清和産業に対する不良貸付の事実を知つた時点では、既に右両社とも担保として見るべき財産を有していなかつたというのであるから、右の事実による限り被告の右任務違背行為により、原告に何らかの損害が生じたものと認めることはできず、他に原告が被告の右任務違背により何らかの損害を被つたことを認めるに足りる証拠はない。

(三) 従つて、ミキ通商及び清和産業に対する不良貸付に関する原告の請求は、理由がない。

4  (エヌ・エス・シーの過振りについて)

(一) 請求原因4について判断するに、(一)、(二)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 清水は、昭和五三年九月三〇日、エヌ・エス・シーの当座預金口座に支払提示のあつた手形等につき、当時同社の当座預金口座は一億三三四二万七〇〇〇円の資金不足となるので、これを理由に不渡処分にすべきであるのに、同社の倒産を回避するため、いわゆる見合手形として、同社から株式会社日本科学技術英語研究所振出の額面一億五〇〇〇万円の小切手を提供させ、これを引当てに右手形等の決済をした。

(2) しかるに、右小切手は不渡になり、清水は、この結果右過振りの事実が発覚することを避けるため、これを買い戻す必要に迫られ、同年一〇月二日、山八不動産株式会社から金八〇〇〇万円、山八建設株式会社から金七〇〇〇万円をそれぞれ借り入れ、これにより、右小切手を買い戻した。

(3) 清水は、同月二九日、フェアレーンズから、金一億五〇〇〇万円を借り入れ、これを山八不動産株式会社及び山八建設株式会社に対する右各借入金の返済に充てた。

(4) 清水は、同年一一月三〇日、フェアレーンズから、額面金二〇〇〇万円の融通手形二通の振出を受け、これを三好建設不動産に金三九三七万五三四四円で割り引いてもらい、右金員を(3)のフェアレーンズに対する借入金の一部に対する返済に充てた。

その後、右の手形のうち一通については、額面を金二〇八〇万円とする書替がなされ、他の一通については、フェアレーンズ振出にかかる額面金二一〇〇万円の融通手形を三栄建設株式会社に割り引いてもらい、これをその決済資金に充てた。

(5) 清水は、同五二年一月一九日、フェアレーンズから、額面金五〇〇〇万円の融通手形の振出を受け、これを金融業者白川に金四四〇〇万円で割り引いてもらい、右金員を(3)のフェアレーンズに対する借入金の返済に充てた。

その後、清水は、決済資金を調達できなかつたため、右手形の書替をしてもらい、その際、利息分金三〇〇万円を(3)のフェアレーンズに対する借入金に組み入れた。

(6) 清水は、同年四月二〇日、自殺を図り、その際の遺書により右(1)ないし(5)の事実が発覚した。

(7) 原告は、同年七月一三日、フェアレーンズ等に対し、清水のフェアレーンズに対する(3)の借入金債務元利合計金九〇九〇万円、融通手形にかかる債務金九一八〇万円右合計金一億八二七〇万円を弁済した。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) そこで、被告に原告の代表理事としての任務懈怠があつたか否かについて検討する。

(1)  被告が清水の右過振り行為を知りながらこれを明示若しくは黙示に承認し又は制止しなかつた事実は本件全証拠によつても認めることができない。しかして、前記認定事実に〈証拠〉を総合すれば、本件の過振りは、清水が、原告の専務理事の地位を利用し専ら債務者の利益を図るために、独断で行なつたものと認められ、しかも、前記認定のとおり、清水は、右過振りが原告に明らかになることを極力避けるため、第三者からの借入金等によつて過振りの事実を糊塗していたというのであつて、これらの点に〈証拠〉を考え合わせれば、被告が清水の右過振りの事実を探知することは困難であつたものと言わなければならないから、右過振りがあつたからといつてそのことから直ちに原告の代表理事としての監督義務の懈怠を推認することはできない。以上のほか被告に原告の代表理事としての任務懈怠があつたことを認めるに足りる証拠はない。

(2) また、原告は、被告が原告に対して昭和五三年三月末までに原告の支払つた前記金一億八二七〇万円のうち金一億六四七〇万円くらいを填補することを約したにもかかわらず、未だ内金一億六〇八二万六六四八円につき履行していない旨主張し、〈証拠〉によれば、被告が昭和五三年三月末までに金一億六四七〇万円くらいを填補する旨述べていること、被告が原告に対し三八七万三三五二円を支払つていることが認められる。

しかしながら、前記のとおり、右過振りは清水の独断専行によるものであり、被告にこれについての任務懈怠の違法がないことに鑑みれば、被告が右所為に出たのは、原告が被つた損害につき理事長として道義的責任を感じたことによるものと考えるのが相当であり、右認定した事実によつても、原告との間で損害填補に関する合意が成立したことを推認するには足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(三) 従つて、エヌ・エス・シーの過振りに関する原告の請求は、理由がない。

5  以上によれば、被告は、原告に対し、金二億九二〇八万六六四八円の損害を賠償する義務がある。

なお、被告は、その原告代表理事在任中の作為、不作為につき民事上の請求を一切しない旨の原告の約束を信頼して原告理事及び総代を辞任するとともに原告代表理事としての退職金、功労金を請求しないことにしたものであるから、原告が右約束に反して本訴請求をすることは信義則に反し権利の濫用にあたる旨主張するが、本訴請求は、前記のとおり被告の原告代表理事としての任務懈怠による損害賠償請求であつて、信用金庫法旧三五条三項、商法旧二六六条四項により原告総会員の同意がなければこれを免除することができないのであるから、被告の主張にかかる右事実をもつて直ちに本訴請求が信義則に反し権利の濫用にあたると言うことができないことは明らかである。従つて、これにつき判断するまでもなく被告の右主張は失当である。

第二乙事件について

一請求原因1ないし3の事実及び抗弁事実は当事者間に争いがない。

二そして、信用金庫法三四条一項によれば信用金庫の理事の任期は二年とされ、また、〈証拠〉によれば、原告はその定款二六条二項において原告総代の任期を三年と定めていることが認められるのであるから、辞任にかかる理事及び総代の任期は既に終了していることは明らかである。しかるところ、その後被告が原告理事又は総代に選任されたことについては何ら主張立証がないから、再抗弁の当否、すなわち、辞任の意思表示が錯誤又は詐欺に基づくものであるか否かについて判断するまでもなく、被告が、現在原告の理事及び総代の地位にあると言うことはできない。

従つて、この点に関する被告の請求は理由がない。

三次に、原告代表理事としての退職金、功労金請求権の放棄の意思表示について検討するに、第一、一で認定した事実によると、原告側からこの点に関する提案がなされた段階においては、原告の被告に対する債権を放棄又はこれにかかる債務を免除する代わりに被告も退職金、功労金請求権を放棄するとの趣旨であつたものと言わなければならないけれども、第一、一で認定した事実に被告本人尋問の結果を総合すると、被告が退職金、功労金請求権を放棄するに至つたのは、被告が代表理事在任中、清水による不良貸付等により多額の貸付金償却が必要な事態が発生するなどの経営困難を惹起させた道義上の責任を考えてのことであること、そして、右趣旨を明らかにするため、本件覚書第三項の文言に「東京信用金庫の経営の現状に鑑み」との文言を加えたことが認められるのであるから、そうであれば、被告の右放棄の意思表示は、その動機において何らの錯誤もなかつたものと言わなければならない。

従つて、その余について判断するまでもなく、右放棄の意思表示が錯誤又は詐欺に基づくものであるとの被告の主張は理由がない。

第三結論

以上判示したところによると、原告の甲事件における請求は、内金二億九二〇八万六六四八円及びこれに対する同事件の訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年六月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、被告の乙事件における請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官村重慶一 裁判官信濃孝一 裁判官高野輝久)

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